〜人生を豊かにということを再確認した日々〜 緒方 祐子
2013年5月末から9月までの4か月間、米国オハイオ州にあるNationwide Children’s HospitalのCleft Palate ClinicとSpeech Pathology Clinicへ研修に行かせて頂きました。場所はアメリカ北東部の五大湖の下あたりのオハイオ州の州都のコロンバスという鹿児島市と同じくらいの人口の地方都市です。
1.Nationwide Children’s Hospitalについて
Nationwide Children’s Hospitalは、入院床数451、年間入院患者数8526、年間に外来患者さんが95万人来られます。専門職種は医師・歯科医師252、看護師1146、言語聴覚士60などで、さらに医療職や留学生をサポートする事務職員も多く、それぞれの業務に専念できるように、細やかな専門分化がなされていました。54の専門外来があり、全米のみではなく、世界各国から患者さんが来られ、最近は、全米のBest Children’s Hospitalのベスト10に選ばれた病院でもあります。実際、私が滞在中、CLPクリニックに鼻咽腔閉鎖機能不全を呈する22q欠失症候群のお子さんがルイジアナから来られましたが、ルイジアナはアメリカ南部で、ハイウェイで13時間以上、車で東京から鹿児島へ来るくらいの遠距離でした。
New Hospital |
Outpatients Care Center |
Nationwide Children’s Hospitalは私立の病院であるため、コロンバスのダウンタウンやテレビでも寄付を募っています。その額が廊下に貼られていますが、額が5億円など日本では考えられない金額が貼られています。また、病院自体を動物園に例えていますので、あちこちに木の動物のオブジェが置かれ、安心してこども達が治療を受けられる工夫がなされていました。時折、チャイルドマインダーとしてマグドナルドおじさんが病院内をねり歩き、こども達に治療で恐怖感を与えない様に随所に工夫されていました。
寄付額の掲示 |
リスのオブジェと |
Gift shop前の待合室 |
マクドナルドおじさん |
外来の診察室は、個室です。患者さんは個室で医療従事者が来るのを待ちます。患者さんはプライバシーが完全に守られて診察を受けることができます。また、アメリカは多国籍の国なので、アメリカに住んでいても英語が喋れない方も居られます。それで、スムーズに治療が受けることが出来るように通訳サービス(手話を含む12カ国語)がありました。その殆どは、スペイン語ですが、滞在中、アラビア語やフランス語などの通訳を行った診療を見学することが出来ました。また、大きな病院ですので、要所要所にタッチパネルでの案内板がありました。
形成外科の診察室 |
診察室はすべて個室 |
通訳サービス |
タッチパネルの案内板 |
さらに、ここには、患者さんへの治療のみではなく、研究施設も併設され、International Scholarship Programという海外の臨床家や研究者を受け入れるシステムもあります。このプログラムで、今まで50か国以上から研修に来ているとの事でした。実際、私が滞在中、インド、パキスタン、中国、日本、ヨルダン、イタリア、エジプト、エストニア、スイスなど各国の小児科医や形成外科医、心臓外科医、臨床検査技師、統計の技術者など様々な専門職の方が来られていました。国の壁はなく、お互い助けあって楽しく過ごすことが出来ました。週末の金曜日には、病院から留学生用にシャトルバスが用意され、大きなスーパーに買い物に行き、毎日夕食後、病院の側にある公園をアパートのお隣の中国の先生と一緒に散歩し、週末は本場のインドカレーや中国の餃子などを堪能することが出来、私も日本の家庭料理を作りました。「日本人は毎日スシを食べるのでしょ?」と聞かれ、巻き寿司などを作り、皆さんに披露しました。
週末はシャトルバスで買い物に |
留学生の仲間と |
週末は各国の食事を |
2.CLP Clinicの研修について
研修は、口唇口蓋裂の専門外来 (CLP Clinic)、その他は口蓋裂を中心に言語療法専門外来 (Speech Pathology Clinic)の見学を行いました。CLP ClinicはOutpatients Care Centerの形成外科の診察室で行われます。CLP Clinicのチームは、形成外科医、耳鼻科医、歯科医、小児科医、遺伝専門医、看護師、SLP(言語)で構成されています。専門外来は毎週火曜日、朝8時から始まり、午後5時頃まで患者さんを各専門に応じて、それぞれ評価します。この日は皆さんこの専門外来に従事し、他の仕事を入れません。まず、事務の方が診療目的を確認し、専任看護師に申し送ります。そして、看護師が受診目的に応じて、形成外科、耳鼻科、歯科、言語、ケースワーカーなどに分担し、そのオーダーに応じてそれぞれの専門科が患者さんを評価のみ行います。SLPの言語評価は、言語発達、口腔内視診、開鼻声の聴覚判定、Nasometer検査、鼻息鏡検査等を行い、必要に応じて手術を担当した形成外科医とともに鼻咽腔ファイバースコープ検査を行います。聴力検査は、耳鼻咽喉科のAudiologistが行うので、その結果を聞くという形式をとっていました。形成外科は手術前後の診察や必要に応じてSLPとともに鼻咽腔ファイバースコープの評価を当日中に同時に行います。看護師はこのクリニックのキーパーソンとなり、専門外来の予約管理、カルテ管理、哺乳指導や親の会のとりまとめなどを行います。ケースワーカーも常駐し、患者さんの家庭背景を把握し、必要に応じて、経済的バックアップの情報を提供し、地域との連携を行うとともに、常時、家庭での心配事の相談係の役割をしていました。歯科は齲蝕管理、咬合、骨移植、外科矯正等を総合的にマネージメントしていました。それぞれの評価結果は患者さんの前では討論することはありません。一旦、医療従事者は診察室から出て、各科で意見交換を行い、診察室に戻り、共通理解したことを患者さんに説明していました。1日の診療終了後、術者の形成外科医の司会で、全員でその日来院した患者さんのレビューを行います。そして、全員で治療方針の確認、次回の受診を決め、専任看護師がそのマネージメントを行っていました。
SLPの先生方 |
CLP専門外来の先生方と |
診療後のmeeting |
CLP Clinicには、22q Centerもあります。22q欠失症候群は、鼻咽腔閉鎖機能不全のみではなく、学習障害や免疫等の問題があるので、形成外科医、小児科(発達)医、耳鼻科医、言語聴覚士、遺伝医、内分泌専門医、精神科医、ソーシャルワーカー、心臓外科医、免疫医、看護師などのチームでケアを行っていました。通常のmeetingは月1回、勉強会を兼ねて行われていました。そこで、新しく採用されたSLPの先生が大学院修士の研究論文「22欠失症候群の鼻咽腔閉鎖機能不全児における声の大きさのバリエーションの効果」で空気力学的に分析されている報告があり、興味深く聞く事が出来ました。
さらに、Nationwide Children’s Hospitalでは、年1回22qカンファレンスを開催しています。これはケータリングによる食事付きの保護者も参加できる親の会と講演会と懇親会を合わせたカンファレンスでした。それは2日間に亘って開催され、1日目は講演会(遺伝、学習障害)と患者家族の経験者の話、年代ごとにグループ分けした専門科によるラウンドセッションで、2日目は「22qを知っていますか?」とロゴが入っているお揃いのTシャツを着て、コロンバス市を練り歩く活動がありました。グループセッションは、形成外科医、歯科医、小児科医、SLPなどが年代別のグループ別(就学前、学童期、思春期以降)で父兄の話を聞いて答える方式で行われていました。講演会はネットでもリアルタイムで全世界から聴取することが出来ます(日本では夜中になりますが…)。
22qカンファレンス |
街を歩いて啓蒙 |
お揃いのTシャツ |
また、アメリカではHPのみではなく、facebookやtwitterのソーシャルネットワークで専門外来や親の会情報を提供していました。このClinicのチーフであるDr.KirschnerやSLPのDr. Baylis、患者さんの話などの動画も配信されています。よろしければ、下記のアドレスをご覧下さい 。また、クリニックには常時、この情報に関する名刺がおいてありました。
http://www.nationwidechildrens.org/cleft-lip-palate-center
http://www.nationwidechildrens.org/22q-deletion-syndrome-center
CLP Clinic |
22q Center |
滞在中、CLPと22qのそれぞれのice cream partyとfamily picnicに参加する事ができました。もみじ会のレクリエーションの様な会で、これまた、病院から全面的なバックアップで、ケータリングの食事&デザート付きでした。こども達は、シャボン玉、face painting, お絵描き、ボール遊びやパラバルーンなどで遊び、大人達は食事をしながら、しゃべってお互いの気持ちを伝え、交流を深めるという会でした。
CLP ice cream party |
パラバルーン |
チーズマカロニ&ハンバーガー |
3. Speech Pathology Clinicでの研修について
CLP Clinicでの研修は火曜日のみでしたので、他の曜日はOutpatients Care CenterにあるSpeech Pathology Clinicで研修を行いました。口唇口蓋裂が中心でしたが、構音障害、言語発達障害、難聴、脳性麻痺、摂食障害、嚥下の評価など小児の様々な言語障害の臨床現場を見学することができました。患者さんはおおよそ1時間に一人で、言語療法+親御さんとじっくり話し、現在の状況や家庭での関わり方などをフィードバックするという流れで言語療法を行っていました。
待合室 |
ST室 |
各SLPで一部屋 |
口蓋裂は、CLP Clinicでの評価結果に基づき、言語療法を行っていました。日本と違う所は、Hotz床をせずに哺乳の指導があっていること、口蓋形成術が9か月から1歳0か月の間にFurlow法で行われる事、言語の介入は8か月過ぎの前言語期からspeechを意図した働きかけの指導を行い、アメリカでエビデンスがないと言われているblowingや発語器官への運動訓練が全くされていない事でした。また、鼻咽腔閉鎖機能不全に対する考えも異なり、日本ではまず鼻咽腔閉鎖機能の獲得を行い、構音の練習へという考えですが、まずは言語で構音訓練を行い、4歳過ぎに鼻咽腔閉鎖機能不全があれば、咽頭弁形成術などのspeech surgeryを行い、構音訓練を継続するという流れでした。
乳幼児期ではどのようなことをおこなっているかというと、声かけの工夫で、音韻的な刺激を積極的に行い、子音の数(特に口腔内圧が高い子音)、語彙や口腔の呼気圧を増やす事を目的とし、1)遊びを通じて、母親の働きかけを指導する。2)こどもに母親の口元に注目させながら、聴覚刺激を与え、こどもから上手な反応が得られた場合、”Good job! I proud you.”など言って褒めて、音の定着を促す。3)開鼻声など共鳴の異常がある場合、鼻をつまみ、呼気を口腔へ放出する。ことをSLPがモデルとなり、環境整備しながら構音や言語発達の促進を口蓋形成術後より行っていました。
構音障害に対しては、日本と異なり、共鳴の異常である構音障害が多いので、聴覚刺激法や漸次接近法などで鼻をつまんで復唱を促し、または機器で視覚的にフィードバックしながら、音節から会話レベルまでの練習を行っていました。その際、乳幼児と同様に、決してこどもを叱らない、こどものペースで練習をすすめる、褒め言葉やゲームを利用しながら正の強化で練習を進めていました。
S- visualizerを用いた練習(淡色:鼻音化) |
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ゲームで楽しく |
最後はステッカーのご褒美 |
4. プレゼンテーション
International Scholar Programの最後は、必ずプレゼンテーションがあります。私は初めての言語聴覚士の受け入れであるということで、”Speech Therapy in Japan”と”The Differences of Treatment with Cleft Palate between U. S. and Japan”というタイトルで2回発表する事になりました。時間はそれぞれ40分、質疑応答10分ということで、今まで国際学会でポスター発表をしたことはありますが、英語でこんなに喋る事は初めてで焦りました。でもMentorのDr. Baylisより「私たちは言語のスペシャリストだから、発音が悪くても大丈夫よ。」と温かい言葉を頂き、日本人で遺伝専門医であるDr. Moriに英語校正の協力を得て、少しリラックスして、無事に発表する事ができました。
初回の”Speech Therapy in Japan”では、日本の言語聴覚士のことや、地域連携のことや、動画も用いて、アメリカでは行わない口腔筋機能療法を用いた構音障害の症例報告や、構音訓練の方法やEPGについて報告しました。SLPの先生からは「面白かった。考え方は違うけど、このような方法もあるのですね。」とコメントをもらいました。
2回目の” The Differences of Treatment with Cleft Palate between U. S. and Japan”では、鹿児島のCLP専門外来やCLPの治療の紹介、言語療法の違いやこれからの課題について報告し、これまた「同じ疾患で同じゴールなのに、治療法が異なり、とても勉強になった。」とコメントを言われました。両方とも、Dr.Baylisや留学生の仲間から”Yuko, Good job. Excellent!”と言われ、ホッとしました。無事に研修証明書を頂きました。
CLP Clinicでの発表 |
緊張した質疑応答 |
研修証明書 |
5.まとめ
あっという間の4か月でした。見学件数は口蓋裂関係のみで総数181件(口唇口蓋裂92、22q欠失症候群41、鼻咽腔閉鎖機能不全13、口唇裂6、 Stickler症候群4、Treacher Collis 症候群、Hemi Facial Micro 各3、18q欠失症候群、Crozen症候群、Apert症候群 各2、Saethre-chozen症候群、Duanne症候群、Hurler症候群、Cockyne症候群、46XXXY症候群、Goldernhar症候群、FGFR2症候群、Freeman-Sheldon症候群、XXX症候群 各1など)で、日本では経験できない症例もたくさん診させて頂きました。
Nationwide Children’s Hospitalでは、研修のみではなく、生活面への配慮もして頂き、充実した時間を過ごす事が出来ました。先生方や事務職員、留学生の皆さんのホスピタリティーの心がすばらしかった事、いつも「あなたのために私は何かすることはない?」という気持ちで接してもらったことで、勿論、専門知識を深める重要性やエビデンスを持った診療が重要である事を再確認しましたが、改めて我々医療職はサービス業であり、おもてなしの気持ちを大事に、患者さんに接し、日々研鑽をすることが重要であることを学びました。
アメリカ人はずっと喋って多弁です。喋る事で職員間のコミュニケーションをとり、意見交換をし、治療がスムーズになっていました。縦の人間関係は日本ほど強くなく、お互い相手を尊重し、意見を交換し、納得がいくまでとことん喋っていました。喋らないと興味がないと判断されます。意見をしっかり述べるということがこの国では大事であることを再認識しました。さらにプライベートな時間とオフィシャルな時間のon-offをはっきりと分けて、家族を大事にしながら、仕事に集中していました。このことも大事であることを認識しました。
周りに日本人がほとんどいなかったので、必然的に英語でコミュニケーションという環境に飛び込みました。少し、言語障害の方がどのような思いでいるか、経験する事もできました。研修最後には皆さんから、「英語が上達したよね」と言われましたが、まだまだです。これからも英語の勉強も続けていきたいと思います。
最後に、この経験は私の人生の宝になると思います。このようなすばらしい機会を与えて下さった中村教授を始め、医局の皆様に心から感謝申し上げます。英語に多少、自信がなくても、”こころ”があれば、コミュニケーションができると思います。海外研修をこれからお考えの先生方、是非、門を叩いて、世界へ羽ばたいて下さい。