トップページ > 海外支援活動 > 2011エチオピア
 エチオピア海外医療支援活動に参加して  

−人類発祥の地、アフリカ・エチオピア滞在紀行−  石畑清秀


1.鹿児島発、エチオピアアディスアベバ行き

2011年2月14日から2月21日までの約1週間、エチオピアアディスアベバにあるYekatit 12病院での海外医療支援活動に参加しました。  
 今回の活動は日本口唇口蓋裂協会ならびに日本医学歯学情報機構が共同主催するエチオピアの口唇口蓋裂学術調査の一環であり、愛知学院大学 夏目長門教授、千葉県立がんセンター麻酔科の高橋直樹先生、当科の中村典史教授、西原一秀講師と共に事前準備のお手伝いをさせて頂きながら、このミッションに臨みました。  
 現在、37歳の自分にとっては初めての海外・・医局のみなさんにアフリカで無事に生きていけるかどうか心配されながら出発しました。  
 アフリカのエチオピアまでは、福岡空港から韓国仁川(インチョン)空港、ドバイ空港を乗り継ぎ、首都のアディスアベバへ向かうという行程です。鹿児島から新幹線に乗り、エチオピア到着に要した時間は(待ち時間も合わせて)約24時間・・・ 初めての国際線の機内食や機内映画を満喫して、エチオピアに到着しました。  
 エチオピアでは今回の滞在期間中、自分たちのお世話をしてくださるバーバリッチ優子さんが待っていてくださいました。


(エチオピア国際空港)

アディスアベバ空港では、医療器材の持ち込みの為に税関で約2時間の足止め・・とにもかくにも、早速、優子さんが色々手回ししてくれて、ようやくエチオピアの地に。第一印象はやはり暖かい。高層ビルもなく、暖かい気持ちいい風が吹いていました。  
 到着初日は、日本大使館を訪問し、外務官の岸氏に面会して、今回の事業の話をしました。この、エチオピアの日本大使館では偶然の出会いが・・秘書官をされている横田さんは、鹿児島大学農学部出身の方で、僕と西原先生の後輩でした。大使館での面会時間に制限があったためにあまり、長い話はできませんでしたが、この遠いアフリカの地で、鹿児島出身の方にお会いできるとは・・と、生粋の鹿児島県人の自分にとっては、このエチオピアには何か縁があると思わざるを得ませんでした。
 明日からは実際に病院に行き、術前の患者診察等の予定が待っています。


2.病院訪問〜ルーシー見学〜韓国料理

この日は、朝からYekatit12病院に行き、現地の先生方と打ち合わせです。病院訪問初日の朝に、「日本人もできるぞ」という所を見せたのは意外とこの僕でした。朝、病院の中庭で青年達がサッカーのリフティングをして遊んでいました。そこへ飛び入り参加。サッカー歴約27年の僕は、臆することなく対等にリフティングで対話することができました。サッカーは世界中どこでも盛んなスポーツですが、長年やってきたサッカーのお陰で、エチオピア人と意外にも早く打ち解け、「ボール一つで相手と会話できるサッカーのすばらしさ」を改めて痛感しました。


(リフティングでの国際交流)

Yekatit12病院は、1923年にスウェーデンの医師によって設立されたエチオピアで2番目に古い病院です。「Yekatit」とは、エチオピア歴の6月という意味で、エチオピア歴の6月12日に設立されたことから、その名前の由来があり、7つの分科があります。  
 この日は、お昼からは術前の患者診察に臨みました。一つの病院での限られた日数での、学術調査ではありますが、患者さんの中には23歳の両側性口唇口蓋裂の方、口蓋形成術を受ける子供たちは4〜9歳で、とっくに言語発達は過ぎている年齢であり、口唇口蓋裂治療のアフリカの口唇口蓋裂治療の現状を目の当たりにすることになりました。


(術前患者診察)           (病棟回診風景)

今回のミッションで手術をする患者さんは総勢9名。明日からは一日3件の手術を行わなければいけません。中村教授、西原講師の足を引っ張らないようにしっかりお手伝いをしようと思いました。  
 昼間の病院訪問後、少し時間があったので、Lucy博物館へ・・
 エチオピアは現代人の発祥の地と言われています。エチオピアで発掘された現代人の祖先・・Lucy・・発掘当時、世界を熱狂させたビートルズの楽曲のタイトルからその名前の由来があります。博物館にはきれいに復元されたLucyや、発掘された生活品が陳列され、人類発祥の時代に触れることができました。


(Lucyと僕)

この日の夜は、みんなでアディスアベバにある韓国料理屋に晩飯を食べに行きました。この滞在期間中、エチオピアでは中華料理、韓国料理、イタリア料理(ブラピ御愛用のイタリアレストラン)、日本料理などさまざまな料理店に足を運び、当初心配されていた食事の面では何不自由なく過ごす事ができました。


(エチオピア料理)          (中華料理屋)

   (ブラピ御愛用イタリア料理屋)               (韓国料理屋)              

3.エチオピア口唇口蓋裂手術簿

今回、エチオピアでは3日間で9件の手術が予定されていました。
 初日(エチオピア時間2/17)は、口唇裂1件、口蓋裂2件です。まず、最初は中村教授と現地の形成外科の先生による口蓋形成です。これで、中村教授は、エチオピアで日本人最初の口蓋裂の手術をされた方になりました。教授の手術は、初めて一緒になるアシストの先生にもかかわらず、スムーズに終了しました。2件目は西原講師術者、アシストが自分の口蓋形成術。7歳ということもあって、さすがに日本で見慣れた口蓋形成に比べると口腔内は大きく見やすい印象を受けました。手術をしながら器具出しの看護師さんに器具の日本語名を教えながらとてもいい雰囲気で進められました。
 3件目は23歳女性の両側性唇裂の一回法。中村教授と西原講師で執刀となりました。当然難しいケースと思われましたが、無事に終了・・手術初日は最初の段取りもつかめていなかったために、終わったのは夕方の6時過ぎ・・さすがにみなさんお疲れモードでした。  
 手術2日目(エチオピア時間2/18)この日は、口唇裂1件、口蓋裂2件でした。
しかも、2件目は西原講師と自分で9歳児の口蓋形成術・・このケースは僕の口蓋形成術エチオピアデビューとなりました。解剖は日本人もエチオピア人も変わらないのだなあというのが率直な感想・・しかし、術後、この子の言語がどこまで回復されるのか?・・その経緯を見られないのは非常に残念でした。


(病院の看板の前で)          (中村教授と現地の形成外科医)


(Yekatit12病院の手術室にて。麻酔医担当師と看護師さんたち)

手術3日目(エチオピア時間2/19)、昨日、中村教授は韓国へ出発し(いつもの如く、少しの間もジットすることなくエチオピアでの仕事を済ませ)、この日は西原講師と自分との2人で手術を施行しました。口唇形成3件。西原講師が4歳と6歳の口唇形成の2件を担当し、3件目は現地の形成外科医のメコネンさんのMillard法をみせて頂きました。  
 教授が韓国に行かれた後はどうなることかと思っていましたが、とにもかくにも今回のエチオピアでの手術は終了。現地のスタッフの方々にも「アムサッグナロー(ありがとう)」と声を掛けてまわり、お世話になった麻酔科担当、看護師の方々とお別れをしました。


(麻酔担当師と)      (西原講師と)       (美人麻酔担当師と)

4.エチオピアの生活、文化に触れて〜

この日は夕方の飛行機で帰国します。それまでに時間があったので、午前中に術後の患者さんの診察をした後は優子さんと現地のガイドさんと一緒に、エチオピア市内見物に出かけました。
 まず、エチオピア博物館で、エチオピアの歴史を学習。エチオピアという国はアフリカで初めてのキリスト教化した国家で、現在でもエチオピアの国民の半分近くがキリスト教徒となっています。また、アフリカ各国が、植民地化された時代でも、独立国家として存在し続けてきました。そのため、欧米社会にあるような銃社会の文化も浸透しておらず、アフリカの中でも比較的治安の良い国とされています。昨日まで、一緒に仕事をさせてもらったYekatit12病院のスタッフも、皆さん穏やかな方ばかりで、エチオピア国民の穏やかさは、国の歴史にも裏付けされているものなのだと感じました。  
 昨日までは、のんびりエチオピアの街を眺める時間はなかったのですが、改めて、じっくり周りを見回すと、その貧富の差に驚かされます。高層ビルや巨大なショッピングモールがあるわけではないのですが、首都のアディスアベバはそれなりに発展しています。しかし、その反面、路上で寝泊りする人々、小屋のような住居に住む人々、乳飲み子を抱いて物乞いをする人を見て、貧富の差の大きい国の現状を目の当たりにしました。今、日本で言われている格差社会なんて、格差と呼んでいいのかと疑問に思いましたが、改めて、日本と世界の他の国との違いを認識しました。  
 今回の滞在中は、毎日外国料理を食べ、いわゆるエチオピア料理そのものを体験しなかったのですが、この日は、優子さんの案内で、エチオピア料理、エチオピアコーヒー、エチオピアの市場(マラカート)を体験しました。アディスアベバから車で30分程度走り、立ち寄ったエチオピア料理とエチオピアコーヒーの店。今回の滞在期間最終日に、エチオピア料理を食べましたが、エチオピア料理はちと苦手かも・・というのが正直な感想です。炒めたお肉はなんとか食べられましたが、パンが酸っぱいのがかなり気になりました。しかし、コーヒーはさすがにおいしい。コーヒー名産地の国だけのことはあります。しかも、エチオピアでは日本の茶道のように、コーヒーを飲むという行為に精神的な要素や教養も含まれる文化的な習慣があり(コーヒー・セレモニー)、他者に対する感謝ともてなしの精神を表すものなのだそうです。街のコーヒー屋も下の写真のように、コーヒー・セレモニーに準じた形でコーヒーを出してくれました。
 その後、エチオピアの市場(マラカート)に行きましたが・・物は多い・・しかし、お目当ての物は何もない・・・しかも肌の黒い人で溢れていました。ガイドさんの話によると、外国人だけで足を踏み入れると無事に出てこられないとか・・そういう場所もガイドさん付きですが、探索して貴重な経験をしました。


(エチオピア料理)     (エチオピアコーヒー)    (マラカート市場)

5.海外医療援助に参加して〜

人生初めての海外がエチオピアという国で、出発前は不安の方が大きかったのが正直な気持ちです。しかし、短いながらも、エチオピアに滞在して、現地の医療スタッフと一緒に仕事をし、接したエチオピア国民はみんな穏やかでしたし、今回滞在したホテルでの生活も、レストランでの食事もほとんど困らず、快適な海外生活が過ごせました。また、エチオピアの社会事情を実際、自分の目で見ることで、豊かな日本に生まれたことに改めて幸せを感じ、世界にある貧富の差の問題に関しても考えさせられるものがありました。  
 実質5日間という滞在期間でしたが、本当に貴重な経験をさせて頂いたと感謝しています。
 これからも、もっともっと世界に目を向けて、色々な事業に積極的に参加して行こうと思いました。


ページトップへ戻る
Copyright (C)Department of Oral and Maxillofacial Surgery, Kagoshima University Graduate School of Medical and Dental Sciences All Rights Reserved.