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 温かい「心」に触れたインドネシア - Point of Smile -  下松 孝太


中村教授、石畑先生、私の3人でインドネシア、ジョグジャカルタ市で開かれたThe 2nd International Joint Symposium on Oral and Dental Sciencesに参加してきた。最近、英会話はあまり鍛えていなかったし…ましてやインドネシア語なんて全く分からない。不安な気持ちを抱えながら出発の日を迎えた。

1日目(2012年2月26日) 鹿児島発 福岡-仁川経由 ジャカルタ行

2012年2月26日早朝、鹿児島中央駅に集合し、まず新幹線で博多へ向かった。新幹線の車内では、学会での質疑応答を想定して、早速「日本語禁止令」が発令され、教授による英語での想定問答が始まった。聞かれたことにサラッと返答ができず…こりゃまずい!と改めて思っている間に博多駅に到着。福岡空港から大韓航空機で韓国の仁川空港へ。

インドネシアのスカルノハッタ国際空港に到着したのは現地時間20:30だった。空港ではHARAPAN KITA病院のSyafrudin先生とインドネシア大学のDwi先生が迎えに来てくれていた。日本はまだ寒かったが、さすが赤道直下の国、夜でも暑い。ただ、気温は30℃を超え、湿度も結構高いはずなのに不思議と鹿児島の夏よりも過ごしやすい気がした。今回の宿泊先は、HARAPAN KITA病院内のホテルだ。Syafrudin先生の車で向かったが、途中、道を間違えたのか、車はホテルの玄関へは着かず、路地の入り口で降ろされ、夜店が並んだ路地をトランクをゴロゴロと引きずってやっとホテルへ到着した。患者さんや家族用の院内ホテルだったが結構快適で、私は石畑先生と同室となった。この日は長旅の疲れもあり早々と夢の中へ… su…。


心躍らせて新幹線に乗り込む二人


日本を発って19時間、
疲れ果てて路地に降ろされた

2日目(2012年2月27日) HARAPAN KITA小児女性病院、インドネシア大学訪問

ジャカルタでは、早朝、いや、まだ夜のうちからスピーカーから大音量でコーランが流れてくる(らしい)。ホテルの外側はモスクのある外路に面していたようだ。でも、初日にその事に気づいたのは教授だけで、相当な大音量であるにもかかわらず私と石畑先生はまだ夢の中だった。確かに、翌日からは、その大音量に悩まされることになった。
 さて、ジャカルタの街は、聞きしに勝る交通渋滞で、道は車とバイクであふれかえっていた。HARAPAN KITA病院のことは、教授から何度も聞いていたにも関わらず、「街の中心から少し離れたところにあるそんなに大きくない病院」という勝手なイメージを持っていた。でも、HARAPAN KITA病院には大きな建物がいくつも集まっておりびっくりした。病院につくとスタッフがみなNakamura〜、Nakamura〜とみんな寄ってきて教授に抱擁に頬ズリをする。(ちっ近い!!なるほどここが教授が2年間過ごしたところか〜、教授の距離感 (人との距離が近い)はここに原点があるんだな〜。)と思いながら病院内を見学した。その日には教授が17年前に手術した患者さんが診察を受けに来ており、患者も家族もとても嬉しそうだった。


ジャカルタ市内のcrazyな交通渋滞

Harapan Kita 病院口唇口蓋裂センター

病棟のスタッフと記念撮影

17年前に治療した患者さんと一緒に

この日は午後からインドネシア大学に招かれ教授が講演を行った。インドネシア大学はインドネシアで最も大きく進んだ大学で、歯学部も立派だった。まず、歯学部長を表敬訪問すると、歯学部長を始め多くの先生が日本へ留学した経験を持ち、日本語を流暢にしゃべる人も少なくない。日本から遠く離れた国なのに、そんな距離感を感じさせなかった。

教授の講演会は、歯学部内の小講堂で行われ、教授が昔インドネシアに住んでいたことを知った若いドクターはとても驚いていたようだ。講演後も口腔外科の先生達と研究や診療の話で盛り上がり、そのまま夜の食事へ一緒にいくことになった。ここでも、ドクター達の温かい雰囲気と心遣いにとても楽しい時間を過ごすことができた。エスニックなインドネシア料理は、とても素晴らしかった。


インドネシア大学歯学部長表敬訪問

インドネシア大学での教授の講演風景

インドネシア大学歯学部の先生達と

口腔外科の先生達との食事会風景


3日目(2012年2月28日)

この日は午前中HARAPAN KITA病院の手術室でSyafrudin先生の手術を見学した。この手術室はまだ使用し始めて6か月ということでとても清潔、かつ現代的で、そしてとても広々としていた。ここでも長く務めているスタッフが多く、教授が17年前に一緒に働いたナースに大歓迎され、楽しい会話で盛り上がった。

ジャカルタの中心部には巨大なショッピングモールが立ち並び、さすが東南アジアの大都市という感じだった。デパート内もとても広く、ショッピングでも楽しもうとした矢先、石畑先生が迷子になってしまった。探すこと15分。土産を見て回っていたとか。汗かいた身体でオープンカフェでお茶をしながら、「あ〜、こんな風にのんびりと過ごしたいな〜」などと、迫り来る学会発表を忘れてしまいそうになった一時だった。


Syafrudin先生の手術見学

楽しい手術室のNurseに歓迎された

4日目(2012年2月29日) ジャカルタ発ジョグジャカルタへ

4日目の午前中は、とうとう決戦の地ジョグジャカルタへ向かうことになった。夕方スカルノハッタ空港からガルーダインドネシア航空でジョグジャカルタ、アジスチプト空港に到着した。空港に到着するとガジャマダ大学のIka先生が「ヨウコソ〜」と出迎えてくれた。(アレレッ、また、日本語だ!)。Ika先生も以前、日本に留学していたらしい。ここでも、ちょっとホッとした空気が流れた。ホテルへ送迎してもらいチェックイン。

さて明日からいよいよ学会本番だ。

5日目(2012年3月1日) 学会一日目

学会のメインの会場には大きなシャンデリアがあって豪華な雰囲気だった。今回の学会、International Joint Symposium on Oral and Dental Sciencesは、初日には再生医療のシンポジウムが開催され、世界各国から有名な研究者が招待されていた。優雅なコーラスのセレモニーを皮切りに学会が始まり、朝のセッションでは、教授はシンポジウムのモデレーター役で急がしそうだ。私は、今回顎変形症患者さんの顔面軟組織三次元形態の変形度を評価するプロフィログラムを作り、それを臨床応用した経験を発表する予定であった。ポスター会場に自分のポスターを貼らなければと思うのだが、どこに貼るのか分からない。迷っているところにIka先生が来て、後は学会スタッフがポスターを貼ってくれた。(よーし、これで今日の仕事終了!)と思って、向こうで知り合った同じくポスター発表の徳島大学歯学部口腔内科の山村先生とのんびり座っていたら、スタッフから「アナタタチハ16時〜17時マデ ポスターノマエニ イテクダサーイ」と言われた。その時間帯は、教授たち招待講演者はガジャマダ大学学長を表敬訪問することになっていた。(困った…。いざという時に頼れる人がいない…)と心配したものの、結局特に難しい質問をされることもなく、山村先生と互いに説明し合ってポスター発表を無事終了した。

残すは明日、教授と石畑先生の発表だけだ。


豪華な雰囲気の学会メイン会場

発表したポスターの前で

夜は現地のガジャマダ大学にてディナーが催された。ガジャマダ大学の学生さんによる伝統的なダンス、アンクロン(竹製の民族楽器)の演奏などが披露された後、招待講演者の先生が次々にステージに。ここでもバティック(蝋けつ染めの服)に身を包んだ中村教授は現地語で歌を唄わされ、アンクロンの演奏に駆り出されと大活躍だった。結局、日本からの参加者全員による「上を向いて歩こう」に我々も混じって唱うことに…インドネシアの人々の「お持てなしの心」に、体当たりで答えることになった。  


ガジャマダ大学歯学部生によるサマンダンス

ガジャマダ大学アンクロンクラブの
学生さんの演奏

招待講演者に混ざって、
僕らもステージ上で合唱

教授もアンクロン演奏に飛び入り参加

その時、突如、教授に翌日の日程が伝わった。翌日は、学会で講演した後にガジャマダ大学に移動して、別のテーマで講演をしてもらう予定であることが知らされた。どうも我々が、日本を出発した後に依頼のメールが送られたため、教授はそのことを知らなかったらしい。そのため、教授はその晩は夜遅くまで次の講演の準備をすることになった。本来ならば、夜に最後の学会予行をしようということになっていたが、「石畑君、自分で頑張れ〜」とのエールを送って自分の部屋に籠もって行った。

6日目(2012年3月2日) 学会二日目

二日目は、世界各国から招かれた歯科の基礎・臨床のスペシャリストが各領域の新しいトピックスを発表するプログラムである。朝から、まず教授の「口唇口蓋裂の治療方略」についての発表があった。メインの大会場での教授の発表は、さすがに落ち着いた表情だった。質疑応答ではフロアから熱心な質問があったが、それに丁寧に答える教授の姿が印象的だった。そして、いよいよ石畑先生の口演発表だ。教授の発表会場とは違って、小ぢんまりとした会場だった。しかし、それだけに超満員だった。発表は、歯原性嚢胞上皮の抗菌メカニズムの解析というテーマで、観客は興味深く聞いていた。こちらも無難に発表を終えようとした時、質問者の手が上がって討論へ。石畑先生は質問者の言わんとするところを理解しようとしていたが、座長のなんとも微妙な日本語が手助け?で無事終了した。そして、その足でホテルの部屋へ行って、「ヤッッター、終わったあ!!」と叫んだのだった。


メイン会場での教授の講演風景

満員の学会第2会場の雰囲気

学会での石畑先生の講演風景

「終わったあ」と叫ぶ石畑先生

さて、午後からはガジャマダ大学へ出発。ここでは口腔外科の先生たちとリラックスした雰囲気の講演となり、教授も昨夜遅くまでかかって準備した内容をインドネシア語を交えながら喋っている。教授は、16年前にガジャマダ大学を訪問したらしく、古い校舎での見学風景などを紹介しながら当時の話をしている。皆が笑っているところをみるとインドネシア語はちゃんと通じているみたいだ。皆さん楽しそうに熱心に聴きいって、質疑応答も盛り上がった。

講演会が終わったら皆で記念撮影となった。ガジャマダ大学歯学部病院の玄関ホールに皆で移動して多くの学生、教員に頼まれて記念撮影をとなった。なんだか「韓流スター」のような気分になった。さらに、夜はガジャマダ大学の先生たちといっしょに食事をすることになり、しっかり交流を深めることができた。


ガジャマダ大学歯学部での講演会の雰囲気


ホワイトボードに絵を描きながら
講義する教授

若い学生さんたちと一緒に

ガジャマダ大学口腔外科の先生たちと一緒に


7日目(2012年3月3日) ボロブドゥール遺跡

この日は帰国の途につく日だが、午前中はボロブドゥール遺跡を見に行くことになった。車に揺られること2時間ほどでボロブドゥールに到着した。さすがに世界最大の仏教遺跡で世界遺産だけのことはある。象に乗って園内をゆっくり回った後、寺院まで行くとすごい数の観光客だった。仏教の世界観を記した多くのレリーフが刻まれ、壮大で、回廊の上からの眺めもとても素晴らしいものだった。


  象に乗って感激の石畑先生 


 世界遺産ボロブドゥール遺跡をバックに
徳島大学の先生達と 

8日目(2012年3月4日) 帰国

早朝、韓国の仁川空港へ到着。乗り換えてようやく鹿児島空港へ到着したのは午後だった。長いようであっという間の7泊8日だった。

 どこに行っても温かい「心」で迎えられ、多くの人たちと交流をもつことができた。人種も宗教も、文化も違っても、「笑いのツボ:Point of smile」は同じなんだということを知ったのは、私にとってとても貴重な経験となった。

番外編 チキン三昧

さて、今回の旅では、食べ物の好き嫌いの多い石畑先生がインドネシアの食べ物をちゃんと食べられるかということが問題だった。でも、インドネシア料理はえらく旨かった。どのホテルも朝食からチキンのお粥、大好物のフライドチキンがあったので石畑先生はご満悦だった。

でも食べられない食べ物もあった。ドリアンだ。果物の王様というけど、私も石畑先生もこの臭いだけはOut!。教授だけが「旨い!」と言って食べていた。

この旅で鮮明に記憶に残っているのは、やっぱりチキンだ。ジョグジャカルタで帰りの飛行場へ向かう途中、「最後はやっぱりスハルティにしよう」という教授の一言で、あるレストランへ。(スハルティってなんだ?)と思っていたらフライドチキン発祥の地として有名なレストランだった。(エエッ、カーネル叔父さんじゃなかったのか?)と思いながら、この旅の締めくくりのチキンを食べた。だが、そのクリスピーな食感は本当に旨かった。


Harapan Kitaホテルの朝飯バイキング

朝飯からフライドチキンを食べる

カフェドバタビアのナシゴレンと
サテアヤム(焼き鳥)は絶品

こんなサクサクなフライドチキンは
食べたことないスハルティのチキン

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