心身両面からの多面的アプローチによる口腔顔面痛の治療
診療の特徴
近年、日本は、高齢社会、ストレス社会といわれています。それに伴い、口腔領域においても、ストレスとの関連が指摘されている慢性疼痛を訴える患者さんが増えています。口腔顔面痛は歯科の領域の中でも、様々な方面からのアプローチが必要な分野です。当科では、従来の診療科の枠を超え、脳神経外科、麻酔科(ペインクリニック)、心身医療科などの関連各科と密な連携をとり、多面的に治療を行っています。
対象とする疾患
口腔顔面領域の痛みで最も頻度の高いものは、歯槽膿漏や虫歯による歯の痛みです。「歯がしみる」「歯がズキズキする」等の痛みは通常、歯科治療を行なうと徐々に治まってきます。しかし、「顎が痛くて口が開けられない」「歯の神経を抜いたのにまだしみる」「顔を洗おうとすると痛みが走る」「舌が一日中ヒリヒリする」など通常の歯科治療で治らない痛みがあります。その代表的なものとして、顎関節症、三叉神経痛、非定型顔面痛・歯痛、舌痛症が挙げられます。以下、それぞれの特徴と当科における治療内容をご紹介します。なお、顎関節症に関しては、顎関節症のページをご参照下さい。
舌痛症
「舌が一日中ヒリヒリする」「常に奥歯が舌にこすれている感じがしてヒリヒリする」「舌に何となくしびれたような、やけどの後のような違和感が常にある」舌や歯には異常所見がなく、このような痛みや違和感が数か月〜数年続く舌の慢性疼痛を舌痛症といいます。
症状
・舌の先端や縁が1日中ヒリヒリする。
・何かに熱中している時には痛みを忘れていることがある。逆にぼーっとしている時や寝る前に痛みを強く感じる。
・舌や歯や口の中に痛みの原因に相当する炎症や腫れなどの所見が認められない。
・食事や会話には支障がないことが多いが、食後や長電話の後、痛みが増悪することがある。
・午前中よりも、夕方から夜にかけて舌の痛みやしびれが増悪することが多い。
・40歳以上の中高年の女性に多い。
原因
舌痛症の原因は、まだ解明されておらず、痛みを伝達し知覚する神経回路に障害が生じているのではないか、舌の知覚過敏ではないかという説、心理社会的要因が関係しているのではないか、という説など様々な説があります。
治療
当科では、類似の症状を示す疾患(口腔カンジダ症、口腔乾燥症、貧血、微量元素(亜鉛や銅)の不足)の影響を判別するためにまず様々な検査(カンジダの検出テスト、唾液流出量測定、採血)を行います。また、局所の刺激(歯や入れ歯の鋭縁など)を除去し、心理テストも併せて行います。舌痛症の診断後、治療は、個々の患者さんに応じて、うがい薬、漢方薬、抗うつ薬などの薬物療法、当院心療内科と連携し、当科歯科医師とともに心理的要因の精査など心身両面からの治療を行っており、大半の方の症状が軽快しています。
診療スケジュール
初診時:問診、カンジダテスト、(空腹時)採血、唾液流出量測定
心理テスト等の各種検査
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2回目受診時:検査結果報告、舌痛症の診断後は各人に応じた治療開始
(うがい薬、漢方薬、心身医療科紹介・・・など)
非定型顔面痛・歯痛
「顔が痛いのに原因がわからない」「歯が痛くて歯の治療をしたが、痛みが治まらず、歯を抜いたが痛みが治まらない。痛みは他の歯や顔面にまで拡大した。」このように知覚麻痺などの兆候もなく、X線などの検査において異常をみつけることはできない、顔面の痛みを、非定型顔面痛、歯の痛みを、非定型歯痛、といいます。
症状
・歯またはその付近の疼痛。
・歯科治療や、なにか非常にストレスフルな環境にさらされたことをきっかけに、突然、歯や顔面に痛みが出る。
・ 外傷、炎症、できものなど局所に明らかな原因が認められない。
・ 疼痛強度は、中等度から激痛。
・ 疼痛は持続性またはほぼ持続性で、数週間・数ヶ月、時に数年にわたって持続している。
・ 冷温水痛、負荷などの局所刺激に対する反応は一貫しておらず、これらが常に疼痛を増悪させるとは限らない。
・ 鎮痛薬、外科処置、歯科処置では改善がえられない。
・ 局所麻酔に対する反応はあいまい(効いたり、効かなかったり)
・ 疼痛部位は神経支配を無視して拡大、飛び火する。
・ 放置あるいは外科処置を繰り返すと、疼痛部位は拡大する傾向がある。
・ 痛みをコントロールしようとして、様々な歯科治療や手術が行われることが多い。
(図1:1年間で痛みの訴えにより神経の治療をし、抜歯するも痛みが治まらず手前の歯の神経の治療を次々に行うも痛みが治まらなかった例)
(図1) |
原因
現在のところ原因は十分解明されていませんが、神経系の異常が原因とする「神経因性疼痛説」や心理社会的要因が原因とする「心因説」などの説があります。これら様々な要因が複雑に絡み合い、脳の情報伝達ネットワークの機能異常が生じ、痛みの感覚がうまく調整できないという状態なのではないかと考えられています。
治療
非定型顔面痛・歯痛の治療には抗うつ薬による鎮痛効果が有効です。抗うつ薬の抗うつ効果の発現よりも比較的早期に鎮痛効果が認められることから、抗うつ効果とは別の経路で鎮痛効果を発揮していると考えられます。当科は、当院心身医療科と密な連携をとっており、抗うつ薬による治療および心理社会的要因の精査を含めて当院心身医療科をご紹介させていただき、当科歯科医師とともに心身両面からの治療を行っています。
診療スケジュール
初診時:問診、レントゲン撮影等により、局所の原因の検索、
非定型顔面痛・歯痛の診断
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当院心身医療科紹介
心身医療科にて当科歯科医師とともに心身両面からの治療開始
三叉神経痛
「顔面の特定の場所に触れると瞬間的な激痛が生じるため、洗顔や歯磨き、髭剃りができない」「歯がツーンとしみる」というような症状はありませんか?三叉神経は顔や歯の感覚(痛覚・触覚・温覚など)を脳に伝える神経ですが、この神経に支配されている部位に起こる発作性電撃痛を特発性三叉神経痛といいます。
症状
・通常片側(左右どちらか)に発作性の数秒から数分続く電撃痛が繰り返し現れる。痛みは強いことが多いが、寛解する時期がある。
・ある特定の部位を刺激すると痛みを誘発する部位があり、そこを軽く触れただけで痛みが起こる。洗顔、髭剃り、歯磨き、会話、咀嚼などで痛みが誘発されることがあり、時には風にあたっただけで痛みが出現することがある。
・初発年齢は40歳以上であることが多い。
原因
特発性三叉神経痛の原因は完全に解明しているわけではありませんが、その多くが、脳の脳幹と呼ばれる部位の三叉神経の出入り口の所で,動脈硬化などで屈曲した動脈や静脈が直接ぶつかり,神経を圧迫することによって生じるということが明かになってきました。(図2)
一方、齲歯、副鼻腔炎、骨折、脳腫瘍(小脳橋角部腫瘍)、鼻腔内・口腔内腫瘍、眼の炎症、多発性硬化症、帯状疱疹など他の疾患が原因で引き起こされる、強い発作性の痛みを生じない、症候性三叉神経痛もあります。
治療
当科では三叉神経痛が疑われた場合、まず脳腫瘍などの鑑別診断も含めMRIによる画像診断を特にかかりつけの病院がない場合、当院脳神経外科に依頼しております。
現在,三叉神経痛の治療法には大きく分けて4つの方法があります。1)内服薬による治療,2)神経ブロックによる治療,3)ガンマーナイフによる治療、4)手術による治療です。1)の内服薬による治療というのは,三叉神経痛の特効薬とされている抗てんかん薬の一つのテグレトールを服用することです.通常一時的に痛みが消失します。2)に関しては、当院ペインクリニックを、3)、4)に関しては当院脳神経外科をご紹介させていただいています。
<三叉神経痛と非定型歯痛の比較>
三叉神経痛 |
非定型歯痛 |
突き刺すような痛みが一側性、間欠的に出現。 | 痛みは鈍く、持続的。 |
ある特定の部位を刺激すると痛みが誘発される。 | 痛みの誘発部位の存在はまれ。 |
40歳代以降が多く、50、60歳代が ピーク。 | 40歳代の女性に多いが、どの年齢でも生じる可能性がある。 |
特にきっかけはない。 | 歯科治療によって始まることが多い。 |
三叉神経の支配領域に痛みが生じる。 | 痛む歯が神経支配を無視して他の歯に飛び火したり、顔面に拡大するものも多い。 |
出典: Matwychuk MJ:Diagnostic challenges of neuropathic tooth pain. J Can Dent Assoc. 70 :542-546, 2004 より改変