豊富な顎顔面三次元形態解析研究に裏打ちされた顎変形症治療
診療の特徴
○かみ合わせが悪く、かめない、顎が出ている、顎が長いなど悩んでいる方おられませんか?そのような方にはいわゆる歯科矯正治療だけでは治せないような方がおられ、顎矯正治療(外科的矯正治療)と言って、『手術を併用してかみ合わせを治す治療法』があります。この治療では、かみ合わせと共に容貌も変化しますので、顔の形などで悩んでいる方にもお奨めできる治療法です。
○顎矯正治療は世界中で広く行なわれており、手術法の多くは確立された方法と言ってよいと思います。したがって、かみ合わせを治すという本治療法の最大の目的を達成することは当然として、当科では手術に伴う危険性を可能な限り0%に近づけ、術後の安定性と手術によって変化する容貌にも配慮した治療を実践しています。
○当科では、約20年前より顔の三次元形態に関する研究を行ない、多くの歯学博士の学位論文を立体的に計測できる三次元スキャナーを用いて、正常咬合者の顔貌分析、下顎後方移動術後の顔貌予測や分析の難しい非対称患者の形態分析など顎変形症患者の顔貌に関連する研究発表を行なってきました(後述業績参照ください)。また、近年では、発達著しいX線CT画像の三次元表示によるシミュレーション手術の導入など、硬組織と軟組織、咬合、顎骨および顔貌の調和のとれた治療を目指しています。
顎変形症とは
「顎変形症」とは、一般に上顎あるいは下顎が前に伸び過ぎていたり、逆に顎が小さいなどで上下の歯の噛み合わせが大きくずれてしまっていたり、あるいは顔が非対称で歪んでいるような場合を示します。このような状態ですとうまく噛めませんし、言葉がわかりづらいなどのいろいろな障害がでてきます。また容貌に一人悩むことも少なくありません。他にも前歯がでている、アゴが横にずれている、なども問題になってきます。顎変形症の中で最も多いのが、下顎が前に伸びすぎて、一般に受け口と呼ばれる下顎前突症です。
顎変形症に対しては、いわゆる歯科矯正治療で治療できる場合もありますが、歯科矯正治療と顎矯正手術を組み合わせた治療を行う必要のある症例も多く見られます。
顎矯正手術とは
顎矯正手術は、上顎骨や下顎骨を手術で切って、前後、上下、左右に移動させる方法で、どこの部分を切って動かすかは、かみ合わせ、顎の位置や容貌などのバランスをみて判断します。
手術は全身麻酔下で行い、移動させた骨はからだに為害作用のない材料でできたネジやプレートで固定します。アゴの安静が図られるよう、手術後顎間固定といって上下のかみ合わせを固定した状態を約2週間保ちます(ただし、手術方法によっては3週間固定する場合もあります)。基本的にはすべての操作を口腔内で行いますから、顔の外にずっとあとまで残る手術瘢を作ることはありません。あっちの骨をこっちへやったり削ったりと、まるで積み木遊びか木工細工のようですが、実はそれほど単純ではなくて少々問題があります。ご存じのように顔にはいろんな感覚器官が集中していて血液の流れが豊富です。骨の中にも太い血管や神経が通っていますから、切る位置や方向、量には様々な制約や限界があります。したがって、だれもが望みどおりに顎の形を自由に変えられるというわけではありませんが、決して見かけだけの改善に終わることなく、顎顔面の持つ重要な機能の調和を目指すことが重要と考えています。
(以上、特定非営利活動法人 日本顎変形症学会のホームページより抜粋、改変)
Q&A
顎変形症治療を受けたいと思いますが、どこの科を受診したらいいですか
鹿児島大学病院では、矯正歯科もしくは、口腔顎顔面センター(口腔外科、口腔顎顔面外科)を受診していただければ結構です。また、鹿児島県下の矯正歯科専門医を受診されてもかまいません。
治療期間はどのくらいですか
顎矯正治療は、歯科矯正治療と手術を組み合わせた治療になりますので、手術前後に歯科矯正治療が必要になります。症例によって異なりますが、歯科矯正治療は手術前に約1年、手術後に約6か月〜1年かかります。手術のための入院は原則2回必要です。いわゆる顎矯正手術のための入院とその後約6か月経過したのちに骨を固定した金属プレートを除去するための入院です。1回目の入院は約3週間、2回目の入院は10日前後必要です。 したがって、手術前矯正を開始してから手術をして手術後矯正が終了するまで約1.5〜2年かかることになります。
手術に向けてしなければならないことはありますか
手術前矯正治療を除いて、手術にむけて行わなければならない主なことは、
1)親知らずの抜歯(手術6か月前まで)
親知らずは、手術の時に邪魔になることが多く、また、手術前矯正にも支障をきたすことがあり、顎矯正手術前6か月前までには完了する必要があります。
2)貧血や全身麻酔をかけるのに支障がないかの検査、治療(なるだけ早く)
顎矯正手術の予定は、手術前矯正開始時に大体決定します。したがって術前矯正治療期間に相当する約1年前には決定しているわけです。そのため、手術を受けるのに、支障がある病気がないか、貧血はないかなどの検査を行い、手術までの間に準備を整える必要があります。もし、不都合があれば、治療をお願いすることになります。
3)自己血輸血のための採血(貯血という)(手術約1か月前から)
手術時の出血に備え、また、他人の血液の輸血による副作用をなくすために、手術前約1か月時よりご自身の血液を採血し貯めておきます。採血の方法は、下顎骨の骨切り術の場合、400〜600ml、1〜2回に分けて行います。
受け口なのですが、具体的にはどのような手術になりますか
いわゆる顎矯正治療の最も多いのが下顎前突症すなわち受け口の手術になります。その代表的な手術法は「下顎枝矢状分割術による下顎後方移動術」です。言葉は難しいですが、下顎骨の下顎枝と言う部分を「2枚おろし」にして、下顎を引っ込めるという方法です。手術方法は複雑に見えますが、下顎骨の中を通る神経や血管を損傷せず、また、骨切り後の骨のつながりを万全にする方法として日本でも約50年の歴史のある方法で、世界中多くの施設で行なわれています(具体的な方法は下図をご参照ください)。
手術の危険性や後遺症はないのですか
下顎枝矢状分割術は手術法として確立されたものと考えてよいですが、人間の体を扱う以上、全く危険性がなく、後遺症(合併症や偶発症を含む)がないとは言い切れません。この手術による後遺症で最も頻度が高いものは、術後に生じる下唇と下顎の先端部(いわゆる“チン”の部分)の知覚異常です。これは、先ほど述べた下顎の骨の中を通る下顎神経の損傷によるもので、これまでの経験上、手術直後約80%の人に知覚異常が出現しています。決して神経を切断するわけではないのですが、術式上神経のそばに手を加える必要がありますので、神経を触ってしまう部分があります。その結果、下唇の周辺の感覚が鈍い、麻酔がかかったような感じやピリピリした感覚などを自覚することがあります。その後、術後1年目には全体の約80%の人において知覚異常は消失しています。残りの約20%の人は何らかの知覚異常を自覚していますが、術直後よりも改善しています。
次に問題になるのが、手術による出血です。通常、下顎骨の手術では600cc前後の出血があると言われます。この程度の出血の場合、輸血をする必要はありませんが、時に出血して輸血が必要になることがあります。しかしながら、他人の血液を輸血する場合、輸血後肝炎などの可能性も否定はできず、できれば避けたいものです。そこで、自分の血液をあらかじめ貯めておいて、出血に備えるという方法、すなわち貯血式自己血輸血という方法があります。手術の約1か月前から自分の血液を貯めて手術に備えます。術式によって貯血量は異なりますが、下顎骨手術の場合、1回ないし2回採血し400〜600ml貯めておきます。その他、低血圧麻酔の併用などにより、最近では、出血量が少なく、貯めた血液を使用することのない場合も増えています。
顎矯正手術を受ける前に担当医とよく相談して治療を受けられることをお勧めします。
手術は痛いですか
手術の大きさにしては、ひどい痛みを訴える方は少ない気がします。通常の痛み止めの使用で対処できる程度と思います。
治療費はどのくらいかかりますか
一般に歯科矯正治療にかかる費用は全額患者負担となりますが、手術を必要とする顎変形症の場合、歯科矯正の治療費も健康保険の適応が受けられます。ただ、症例によって異なりますので、担当医までご相談ください。また、入院にかかる費用は、顎矯正手術の場合、自己負担金が約30万円必要ですが、高額医療制度の対象になりますので実際の負担金は少なくなります。
美容整形手術とは違うのですか
顎矯正治療の目的の最も重要な点は、かみ合わせを改善することにあります。もちろん、治療法決定において顎矯正手術後の顔の形態も重要な判断材料になりますが、顔の形態を一番に優先する美容整形手術とはその点が異なります。
顎変形症部門業績
著書・総説
1.野添悦郎,石畑清秀,大河内孝子,比地岡浩志,中村典史:
三次元画像を応用した外科矯正治療成績と最近の話題.
鹿児島県歯科医師会報 94:10-12,2010-2011.
2.前田綾,野添悦郎,今村晴幸,杉原一正,中村典史,馬嶋秀行,宮脇正一:
鹿児島大学病院顎変形症外来における外科的矯正治療について
鹿児島県歯科医師会報 98:11-13,2011.
3.野添悦郎
紙上診察室 「歯槽骨の欠損」
顎変形症研究会会誌 5,56−57,1986
4. 中村典史、野添悦郎(分担執筆)
「口腔外科 YEAR BOOK/一般臨床家、口腔外科医のためのハンドマニュアル’07」特集3 唇顎口蓋裂症例の長期経過観察、両側性完全唇顎口蓋裂の一貫治療
クインテッセンス出版 128-129頁 2007年
5.野添悦郎
口唇口蓋裂における顎顔面骨格の管理 4.顎骨骨切り術
第13回口蓋裂公開勉強会冊子:15-19、2006年
原 著
6.Kouta Shimomatsu, Etsuro Nozoe, Kiyohide Ishihata, Takako Okawachi, Norifumi Nakamura:
Three-dimensional analyses of facial soft tissue configuration of Japanese females with jaw deformity -A trial of polygonal view of facial soft tissue deformity in orthognathic patients -
Journal of Cranio-Maxillo-Facial Surgery in press 2011.
7.Okawachi T, Nozoe E, Nishihara K, Hirahara N, Nakamura N:
Three dimensional analyses of nasal forms following secondary correction of unilateral cleft lip nose deformity.
J Oral Maxillofac Surg 69 (2): 322-332, 2011.
8.Nakamura N, Okawachi T, Nozoe E, Nishihara K, Matsunaga K:
Three dimensional analyses of nasal forms after secondary treatment of bilateral cleft lip-nose deformity in comparison to those of young adults.
J Oral Maxillofac Surg 69:e469-e481, 2011.
9.Nakamura N, Sasaguri M, Okawachi T, Nishihara K, Nozoe E:
Secondary correction of bilateral cleft lip nose deformity −clinical and three-dimmensional observation on pre- and postoperative outcomes-.
J Cranio-Maxillofacial Surg 39 (5):305-312, 2011.
10.Nakamura N, Okawachi T, Nozoe E, Nishihara K, Hirahara K:
Surgical procedure for secondary correction of unilateral cleft lip nose deformity −Clinical and 3D observations of pre- and postoperative nasal forms -.
J Oral Maxillofac Surg 68 (9):2248-2257, 2010.
11.Nakamura N, MSasaguri M, Nozoe E, Nishihara K, Hasegawa H, Nakamura S:
Postoperative nasal forms after presurgical nasoalveolar molding followed by medial-upward advancement of the nasolabial components with vestibular expansion for children with unilateral complete cleft lip and palate.
J Oral Maxillofac Surg 67(10):2222-2231, 2009.
12.西久保 舞,平原成浩,五味暁憲,西原一秀,野添悦郎,中村典史:
Hotz型口蓋床の口蓋化構音発現に及ぼす影響―口蓋化構音が発現した片側性口唇顎口蓋裂患者の口蓋形態三次元的分析―.
日口蓋誌 32(1): 57-67, 2007.
13.石畑清秀:
顔面非対称患者の三次元形態分析.
日本口腔科学会雑誌 52:109-123 2003.
14.岩切博宣,野添悦郎,西原一秀,平原成浩,宮脇昭彦,濱崎朝子,中村康典,三村 保:
下顎枝矢状分割法に使用した生体内吸収性ポリ-L-乳酸骨接合スクリュー(フィクソーブ-MX)の臨床的検討.
日本口腔科学会雑誌 50(1):43−46,2001.
15.太田剛史:
正常咬合者顔面の三次元表面形状計測−外科矯正治療のための基準値構築の試み−.
日本口腔科学会雑誌 50(3):191−201,2001 .
16.野添悦郎,三村 保,平原成浩,朝田重史,比地岡浩志,守山泰司:
下顎枝矢状分割時における下顎枝近位骨片の位置決定法とその評価−第2法:鉗子を用いた改良法−.
日本口腔外科学会雑誌 45(11):685−687,1999.