顎関節症 −関連他科連携による治療−
診療の特徴
近年、顎関節症の患者さんは社会的なストレスの増加や食生活の変化に関連し増加傾向にあるとされている。鹿児島大学口腔顎顔面外科でも年間の顎関節症患者の新患数は約120名前後で新患総数の約1割を占め我々の領域での重要な疾患の一つです。
顎関節症は様々な要因からなりその病態も多様です。そのため顎関節症では病態に応じた対応が必要です。口腔顎顔面外科では顎関節治療に対し口腔外科医の対応だけではなく、大学病院の特徴を生かし多様な顎関節症の病態に補綴専門医など歯科関連科の専門医と連携して治療を行っています。また、顎関節症にはストレスなどの心因的要素も大きく関与していると考えられています。心因的要素が強い場合、歯科的な対応だけでは症状の改善が十分に得られない場合もあります。そのため、歯科的な対応では困難な心的背景が強い顎関節症の治療には医科心身医療科と密な連携による心理的な面からのアプローチも積極的に行っています。
以上のように顎関節症の多様な病態に対応し患者さんの症状を緩和するため、歯科関連各科の連携による治療に加え医科心身医療科の協力による心身両面からのアプローチによる包括的な医療の提供を進め、より有効な治療が提供できるように努めています。
診療の内容
顎関節症は自然寛解(自然に和らぐ)する疾患といわれ、当科での治療は自然治癒経過を阻害しない、低侵襲(障害をできるだけ与えない)で可及的に保存的な可逆的(後戻りできる)治療を基本としています。セルフケア、行動療法を基盤とし、病態に応じて理学療法、薬物療法やスプリント療法を単独または併用した保存療法を中心に行っています。これらの治療で改善しない場合には、パンピング、関節腔洗浄療法も行います。侵襲の大きい手術療法を行うことは今は少ないです。
行動療法
顎関節症の原因の一つとして、くいしばりや歯ぎしり、姿勢の悪さなどの悪習癖が考えられています。このような悪習慣やその背景をさがし、本人に自覚させ、それらを取り除くように指導を行います。
理学療法
関節や筋肉の運動機能や能力の回復、鎮痛を目的に行います。
(1)物理療法:温熱療法、電気療法など
(2)運動療法
あごの筋肉をほぐしたり、顎関節の動きをよくする目的に大開口訓練、円板整位運動訓練などを行います。
(3)マニピュレーション
転位した関節円板(顎関節内にある関節間介在物)の整復を目的に行います。
薬物療法
顎関節や筋肉の痛みが強い場合に薬により炎症を鎮めたり、痛みなどで固まっている筋肉をほぐしたりします。
(1)非ステロイド系消炎鎮痛剤
痛みのある関節や筋肉に直接作用し鎮痛と消炎作用を発揮します。
(2)筋弛緩剤
咀嚼筋や頭頸部の筋にコリや痛みが出ている場合に有効です。中枢(脊髄内)に作用し脊髄反射を抑制し筋緊張を軽減します。
(3)精神安定剤
睡眠時の歯ぎしりに起因する顎関節症状に有効で、睡眠の改善による歯ぎしりの減少、ストレスや筋弛緩作用が期待できます。
スプリント療法
顎関節治療で最も多く選択されるもので、スプリントという装具を歯列に装着することで顎関節や筋肉への負担を軽くし安静に保ったり、顎を整位したり、歯ぎしりや食いしばりの悪習癖を緩和します。その使用目的によりスタビリゼーション型、前方整位型、ピボット型などのスプリントがあります。
非開放性関節外科療法(関節腔穿刺)
保存的療法で症状が改善しない症例で、疼痛を除去し関節の機能を回復する目的で外科処置が有効な場合もあります。非開放性関節外科療法は可逆的で比較的に侵襲が少ない治療法に含まれます。
(1)パンピングマニピュレーション
一本の注射針を関節腔に刺し(穿刺)、生理食塩水や局所麻酔剤でパンピング(注入と吸引を繰り返すこと)を行い、関節腔を洗浄したり関節可動域を大きくします。
(2)関節腔洗浄
顎関節腔内の炎症で貯留した発痛物質を洗い流し、疼痛を緩和します。
(3)関節鏡視下手術
専用の内視鏡を関節腔内に穿刺し、関節腔の癒着を剥離したりします。
手術療法
関節腔開放手術は頑固な疼痛や強固な線維性癒着、変形性顎関節炎に対してのみ最後の手段として用いられます。最近では、開放手術はほとんど行われていません。
当科では以上のような治療内容を中心に行っていきますが、咬合の問題や他の歯科的問題が場合には歯科関連各科と連携し各科の専門医による歯科的対応も併せて行っていきます。また、心因的要素が強く疑われる場合には、医科心身医療科の協力の下に積極的に心因面からの積極的なアプローチも行っています。
最後に
顎関節症は症状が軽症のものから痛みや開口障害などで日常生活に支障をきたすほど症状に苦しむ重症の患者さんまで状態は様々です。必ず悪化していく疾患ではなくほとんどが自然寛解の経過をたどりますが、なかには外科的な処置が必要となる患者さんも存在しています。病悩期間(症状を自覚してからの期間)が長いほどその予後も悪くなるともいわれています。もし顎関節症の症状を自覚した時は早めの専門医療機関への受診が、早期の症状改善には大事になってくると考えます
顎関節症部門 業績
原著
中村康典、吉田裕真、石畑清秀、野添悦郎、中村典史
当科における過去10年間の顎関節症患者の後ろ向き調査による臨床統計的検討
顎関節誌, 24(1): 22-27, 20112.