研究活動とコンセプト
本教室における研究の主たる目標は、小児の顎口腔機能の発達過程を明らかにし、小児期からの継続的な歯科的対応が、口腔や全身の機能的発育に重要な役割を担っていることを、解りやすく証明することです。
顎口腔機能は、生直後の哺乳からはじまる摂食・咀嚼・嚥下の一連の行動や、呼吸、発音など多種多様です。また、それぞれの機能は成長発育の中で顎口腔の諸器官の形態的大きさが、歯の萌出時期ともあいまって時期特異的に変化する中で、表裏一体の関係で成長を続けます。一生からみれば短いとも思える、生直後から永久歯列獲得までの期間における過程が、以後の礎となっています。従って、この期間における機能や形態の成長発育過程を明らかにすること、検査や診断ができるようになること、そしてそれぞれに対応した治療法が確立されること、がそれぞれエビデンスに基づいて行われることが必要です。
う蝕と歯周疾患という歯科の二大感染症がコントロールされた後には、顎口腔機能に関するハビリテーション(機能獲得)、リハビリテーション(機能回復)が、次世代の歯科の主たる治療対象となります。
当分野は下記の評価項目を通して、ハビリテーションの解明を行っています。
顎運動
顎口腔機能の大切な項目が顎の運動です。顎運動は大きく分けると下顎運動、上顎または運動となりますが、これらは体躯の動きとも密接な関係があることが明らかになりつつあります。また、下顎運動には、開閉口運動、前方および左右側方滑走運動などの基本的な運動に加え、最も機能的な運動と考えられている咀嚼運動が含まれます。顎運動は、補綴学、歯科矯正学、口腔外科学などの分野において、学問の理論的な背景を支える目的で、検査や診断に関する数多くの研究がなされてきましたが、小児を対象とした研究は限られており、特に低年齢児の長期に亘る変化を観察した例は数えるほどです。
比較的単純であると考えられる開閉口運動は、原則として下顎が左右へ動かない運動です。切歯点における開口量の計測が行いやすく、顎関節や歯列、開口筋に異常が認められる時には、運動制限や左右への変異が観察されることが多いと考えられます。また、小児では生直後の顎関節と関節窩が明瞭でなく平坦であることから、顆頭の下方への運動が認められないことが多く、反対咬合などでは、前方への運動がより平坦であることが明らかになってきています。
咀嚼運動は顎口腔機能の中でも最も大切な機能の1つであり、上下の歯が接触することにより食物を粉砕する運動で、咬合力が発揮される場でもあります。口の中の動きであることから直接の観察は困難ですが、当教室では、咀嚼について数多くの研究をおこなってきております。上下の歯の接触滑走距離、接触滑走面積、パターン分類、切歯点の運動経路の安定性などが挙げられます。小児と成人では、一見似たような運動ですが、詳細な検討を行ってみると、いくつもの相違点が見つかっています。
形態発育
顎口腔機能の研究を行う上で形態計測は不可欠です。特に歯の萌出や脱落が次々とみられる小児においては、顎口腔機能に関わる諸器官が常に成長発育を繰り返しています。印象を採取して得られる個々の歯を含む歯列、エックス線撮影によって得られる頭蓋の二次元投影図、そしてレーザーを用いて表面形状を観察する三次元形態形状計測システムなどを用い、顎顔面の成長発育の様相やその異常を評価しています。
共同研究・連携研究
本教室は、今までに数多くの大学との共同研究を行ってきました。この連携は互いの得意とする分野を融合することにより、研究が一層前進すること、それぞれに新しい着想が生まれる、など数多くの利点があります。この考え方は産業界で使われる「シナジー」に相当するものです。
今後も有益な連携について質と量を増やすことにより、小児期におけるハビリテーション解明を加速的に進められるものと考えています。
これまでの連携
- Department of Orthodontics, Baylor College of Dentistry, Dallas, Texas, USA.
- Department of Oral Maxillofacial Surgery, Southwestern Medical Center, Dallas, University of Texas, USA.
- Department of Pediatric and Orthodontic Department, School of Dentistry at Alala Quala, State University of Sao Paulo, Brazil.
- 大阪大学大学院歯学研究科分子病態口腔科学専攻 歯科矯正学分野
- 東北大学大学院歯学研究科口腔保健発育学講座 小児発達歯科学分野
- 新潟大学大学院医歯学総合研究科 小児歯科学分野
- 国立茨城工業専門学校 電子システム工学科
- 鹿児島大学工学部機械工学科 機械制御工学研究室
- 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
気道に着目した臨床研究
歯並びが悪いのはどうして? もっと治療が上手くいくにはどうしたらよいか? 等の日常の臨床で生まれた疑問の答えを求め,研究を行っています
1. 気道研究のこれまでの成果
- 小児の反対咬合について,中咽頭部気道断面形態に特徴があることを示しました.これは口蓋扁桃肥大による前方位舌や低位舌を反映したもので,反対咬合の診断,治療に有用な研究となりました(岩崎ら,小児歯科学会大会優秀発表賞2008).
- 小児の上顎前突について,その中でも特に治療が難しいとされるdolichofacial typeでは上気道通気障害の関与があること,その障害部位が多岐にわたることを示し,治療に有用な研究になりました(岩崎ら,日本矯正歯科学会大会優秀発表賞2008).
- 上気道の通気状態の評価システムとして,上気道流体シミュレーション(図1,岩崎,鹿児島大学ノウハウ取得2009)を確立しました.本方法は,これまで確立されていなかった上気道の通気障害部位の特定を可能にしました(岩崎ら,小児耳鼻咽喉科2008座長推薦 投稿依頼).
- 現在用いられている鼻腔通気状態の評価方法は,実際の臨床症状と必ずしも一致しません。そこで、我々が確立した上気道流体シミュレーションを用いることで上顎骨急速拡大の鼻腔通気状態の改善効果を示すことが出来ました(岩崎ら,日本矯正歯科学会大会優秀発表賞2010).
研究(口唇口蓋裂・ホッツ床)
口唇口蓋裂は、日本においてはおよそ500人に1人の割合で発生すると言われ、比較的頻度の高い疾患です。鹿児島大学病院では口唇口蓋裂児に対してチーム医療を行い、当教室も口唇口蓋裂専門外来の一翼を担っています。特に、新生児期の顎形態の修正や哺乳改善を目的としてホッツ床の使用に力を入れております。加えて、ホッツ床にステントを付与し、口唇手術時までに外鼻形態もより正常化するための術前外鼻修正装置 (NAM) へと発展応用も行っています。
当教室では、口唇口蓋裂児においてホッツ床やNAMを用いた治療の効果を明らかにするため、経年的な顎形態の変化や顔面形態の変化を評価しています。
初診時
口唇形成術前
上顎歯槽模型
ホッツ床装着による上顎歯槽形態変化
( 赤:初診時 青:口唇形成術前 )