Invasion of human aortic endothelial cells by oral viridans group streptococci and induction of inflammatory cytokine production.
長田 恵美 | 発生発達成育学講座 予防歯科学分野 |
【概要】
我々はこれまで「口腔バイオフィルム細菌による全身疾患の誘発機序の解明」という課題に取り組んできた。これまでの研究成果により、平成25年度日本口腔衛生学会学術賞 “LION AWARD”を受賞することができて、たいへん光栄に感じている。我々はまず口腔バイオフィルム細菌そのものであるヒトの縁上プラークは、ラットにおける感染性心内膜炎やマウスにおける膿瘍形成を誘発する能力をもつことを示し、多数の菌から構成されるバイオフィルムであるがゆえに、単独の菌より高い病原性を示す可能性があることを報告した。また、ミュータンスレンサ球菌の菌体表層多糖抗原は、感染性心内膜炎発症に関わる菌体成分であることを、変異株を用いた実験で明らかにした。これらの研究から「口腔常在菌であり、ヒトの縁上プラークの多くを占める口腔レンサ球菌がもつ全身疾患に対する病原性」に注目し、動脈硬化との関係解明に取り組んだ研究について、以下に述べる。
動脈硬化は心筋梗塞、脳梗塞など日本人の死亡原因の多くを占める疾病の原因となる血管病変である。動脈硬化の成因は“傷害反応仮説”によって説明されているが、現在もなお古典的リスクファクターだけでは説明できない動脈硬化患者が存在する。近年、疫学ならびに臨床細菌学的研究から、口腔細菌感染と動脈硬化との関係が注目されている。我々は口腔常在菌であり、口腔バイオフィルム細菌の中でも量的に多くを占める“口腔レンサ球菌”が動脈硬化の発症あるいは増悪の一因となっている可能性を明らかにするため、1) 口腔レンサ球菌のヒト動脈内皮細胞(HAEC)への侵入能力、2) 菌のHAECへの侵入に関わる因子、3) 口腔レンサ球菌が侵入したHAECにおけるサイトカイン産生、を検討した。その結果、用いた10株の口腔レンサ球菌は全てHAECに侵入する能力を持ち(下図)、共培養時間が長くなるほど侵入する菌数が増加していた。また、カタラーゼやサイトカラシンDは菌のHAECへの侵入を抑制すること、口腔レンサ球菌10株中5株は、24時間の共培養でHAECを傷害することが判明した。そこで菌が侵入しても、HAECは傷害を受けずに生き続けられる条件下でHAECを培養すると、菌が侵入したHAECは、菌が侵入していないHAECと較べて、有意に多くのIL-6、IL-8、MCP-1タンパクを産生していた。中でもStreptococcus mutans Xcのサイトカイン産生誘導能は顕著であり、各サイトカインmRNAおよびタンパク発現量の経時的な増加も確認できた。以上の結果から、口腔レンサ球菌はHAECの慢性炎症を誘導し、動脈硬化の発症あるいは増悪に関与する可能性が示唆された。口腔レンサ球菌は日常の口腔清掃で生じる菌血症において、血液中からもっとも多く検出されている。本研究の成果が、「全身の健康の保持、増進のための口腔衛生の重要性」を世界にアピールする基礎的知見となることを望んでいる。
ヒト動脈内皮細胞に侵入した菌(矢印)スケールバー:10 μm